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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)2347号 判決 1972年8月23日

被告 八千代信用金庫

理由

一  被告を債権者、訴外成島きよのを主債務者、原告を連帯保証人と表示する、執行受諾文言のある主文第一項記載の公正証書が存在することは、当事者間に争いがない。

二  《証拠》によると、前記債務名義表示の主債務、すなわち、被告が昭和四二年八月一九日訴外成島きよのに対し金三〇万円を貸渡した事実が認められる。

三  原告が右訴外人の債務を連帯保証したか否かについて争いがあるが、《証拠》を総合すると、つぎの(一)ないし(七)の各事実が認められる。

(一)  原告と訴外成島きよの及び同塚田富枝は、いずれも朝日生命保険会社赤羽営業所に勤務する同僚であつたが、右塚田に対し、かねて右成島は二十四・五万円、原告は二万円程の金員を貸していたところ、右塚田は他にも相当額の借金をかさねていたので、右成島は、自分や原告が保証人となつて塚田をして金融機関から融資を得さしめ、その融資金で自分達の貸金の弁済をうけようと考えるに至つた。

(二)  昭和四二年六、七月頃右成島は、右方法による貸借関係精算を右塚田に説明して納得させると共に、原告に対しても同調を求め、原告は右成島が第一保証人となり自分が第二保証人となるのであるならば賛成する旨を答えた。

(三)  そこで、右成島と塚田とは、被告(当時の名称、日の出信用組合)から右方法による融資をうけようとしたところ、右塚田はすでに同信用組合等から借金をかさねていて、同人名義ではもはや融資をうけられないことが判明したので、やむなく右成島名義で借受けて、実質は塚田にその資金を利用させて所期の目的を達しようと考え、その手続をとることになつたが、右成島は、従来被告とは何の取引もなく組合員でもなかつたので、先ず二万円を被告に出資して被告組合員となり、もつて被告から融資をうけ得る資格を取得したのであるが、このように塚田のために成島名義で融資をうける方法をとることについては、原告に対して何らの説明もしなかつた。

(四)  そこで、右成島は、前記資格に基いて被告から金二〇万円の融資をうけるべく、先ずその借入申込をなすにあたり、昭和四二年七月二〇日過ぎ頃被告備付の「借入申込書」を原告に呈示してその保証人欄に署名押印を求め、原告は同書面の同欄に自己の住所氏名を自書した上平素自分の事務机の上に置いたり抽斗に入れておく事務用の認印をその名下に押捺し、右成島は、その後右借入申込書を完成してこれを被告に提出し、もつて成島名義で手形貸付の方法による二〇万円の融資をうけたのであるが、その際被告からいわゆる両建預金として融資金を直ちに定期預金することを求められ、やむを得ず全額を定期預金とし、塚田との間では同預金は将来塚田において払戻して利用できるかわりに塚田において実質上の返済をすることを約束させた。

(五)  成島は、折角原告の保証を得て被告から融資をうけた金二〇万円が、このようにいわゆる両建預金になつたためそれだけでは現実の資金にならないことになつたにもかかわらず、これを原告に説明することなく、これを原告に秘したまま原告不知の間に前記原告の認印を利用して、原告保証名義の金三〇万円の貸付申込書を作成して同年八月一五日頃これを被告に提出し再度融資方を申込んだところ、被告から原告名下に原告の実印を押捺し原告の印鑑証明を添付することを要求された。

(六)  そこで、成島は、再度の借入れであることを知らない原告に対し、「被告から先日の書類は不備なので、実印と印鑑証明書が要るといわれている。」旨申し向け、よつて原告は、最初の二〇万円の借入申込のことしか知らず、したがつてその折の申込の書類を完備させることであると信じて、その趣旨で成島に対し、請われるままに実印と印鑑証明書とを預けた。

(七)  成島は、同年八月一九日頃前記塚田と共に被告滝野川支店におもむきその窓口に予め成島を借主とし原告を保証人とする旨記入押印のある借入申込書等の書類を、前記原告の印鑑証明書と共に提出したが、その際更に同支店係員から何枚もの被告備付用紙による書類を出されてそれに押印方を求められ、成島はそれらの書類の内容を一枚々々つぶさに確認しないまま、自己および原告の実印を押捺したところ、その中に公正証書の作成を嘱託する委任状も含まれており、その委任状によつて本件公正証書が作成されたのであるが、このように被告から融資をうけるには公正証書を作成しなければならないということは、成島すらも事前にこれを予知しておらず況んや原告においても全くこれを知らなかつた。

以上の事実が認められ、証人成島きよの、同峰村信春の各証言中みぎ認定に反する部分は、みぎ認定に供した証拠に照らしこれを信用することができず、また、証人染谷武雄の証言は原告の第二回供述に照らしてにわかに措信することができない。

四  以上の認定の事実によると、原告が被告に対し連帯保証人になる旨の意思を表示したのは、昭和四二年七月二八日頃金二〇万円の借入申込書(乙第五号証)にその旨記載し成島をして被告に伝達させたその一回だけであつて、原告が成島きよのに対し被告主張のような代理権を授与した事実は全くなく、原告が実印と印鑑証明書を右成島に託したのは、右乙第五号証が認印でなされているのでそれでは書類不備であると思つて、その書類整備のために実印を押しなおし、印鑑証明書を被告に提出するためであつて、その際原告が右成島に与えた地位は、事実行為を代行する使者たる地位にすぎない。

五  すると、本件公正証書は、原被告間の関係においては、その表示する実体上の法律関係が存在せず、その執行受諾の意思表示も全くの無権代理人によつてなされた無効のものであるから、原告の本訴請求は右いずれの理由によつても正当である。

(裁判官 安井章)

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